山梨県大月市笹子町黒野田(ささごまちくろのだ)という所に、矢立の杉(やたてのすぎ)と呼ばれている巨木があります。大月市のパンフレットによれば、樹齢は1,000年を超えているそうです。戦国時代、合戦に赴く武士が必勝を祈願してこの杉に矢を射ったのがその名の由来だそうです。
前から気にはなっていたのですが、たまたま横を通った時に小さな看板が目に入り、急ハンドルを切って山道に入ったのでした。時刻は夕方5時を少し回っていました。山に入っていくと辺りは急に暗くなりました。昨夜の雨で落ちたのか、大きな枝があるとよけながら、少しずつ山を上って行きました。
1台の車もすれ違いません。後ろからも来ません。進めば進むほど暗くなっていきます。山の斜面は所々で木が倒れているし、元から流れているのか雨でそうなったのか、あっちこっちに水が流れています。
何度か引き返そうと思いましたが、Uターンして対向車が来るとヤダななんて思いながら、だらだらと上って行ってしまいました。
20分位上ったでしょうか。大きな看板があり目的地がここだと分かりました。車を降りて看板の説明書きを見たら「この先100m」の文字、矢印は山の中を指してました。『ここまで来たら行くしかない』と山に入って行きました。少し歩いて目に入ってきたのは、歌手杉良太郎さんの歌碑と大月市ののぼり旗でした。目の前の杉の木を見て『思ったより細いな』と思いつつも、目的が達せられて『さあ暗くなる前に山を下りよう』と後ろを振り向いた瞬間、体が凍りつきました。
視線の100mほど先、木々の向こうにとてつもない太さの木があったのです。一瞬それが木であるとは分かりませんでした。見た事もない大きさだったからです。近づいて行くとその雰囲気たるや、1週間経った今でも適切な表現が見つかりません。
強いて言うなら『木だけど、木だけでない何か』。しばらくその巨木の前で、同じ時間の流れに身を任せていると、『キィイー』という雉(きじ)の鳴き声。すぐ近くにいる様なのに姿が見えません。また『キィイー』、時計は6時を少し回っていました。『帰ろう・・』、心の中でそうつぶやきました。何か『ここは長居しちゃいけない所』の様に思ったからです。巨木に手を合わせて帰路につきました。
矢立の杉、皆様も機会がありましたらぜひ行ってみてください。くれぐれも明るいうちに。
引用元:お客様と「植木屋革命」クイック・ガーデニングをつなぐコミュニケーション誌 クイック・ガーデニング通信 2020年秋号vol.13 ,株式会社クイック・ガーデニング,2020年8月31日発行,6ページ